2025 年に読んでよかった本
AI を活用するための技術というのはとりわけ新しいものではなく、過去の知見を基盤として構築されていることが多いです。それゆえに、AI 時代だからこそ基礎的な知識を体系的に学ぶことができる書籍に学ぶことに価値を求めるのです。この記事では 2025 年に読んで特に印象に残った本をいくつか紹介します。
2025 年はとりわけ AI 関連の書籍が多く出版された年であったように感じました。しかし AI を活用するための技術というのはとりわけ新しいものではなく、過去の知見を基盤として構築されていることが多いです。コーディングの分野でも AI によるコード生成を魔法として捉えるのではなく、自分のプログラマーとしての能力を増幅させるためのツールとして捉え、ツールを熟達し磨き上げより良いものにすることが重要なのです。このことはまさに 達人プログラマー に書かれている内容と通じるものがあります。AI 時代だからこそ、基礎的な知識を体系的に学ぶことができる書籍に学ぶことに価値を求めるのです。
私は今年 1 年でおよそ 300 冊の本を読みました。その中で特に印象に残った本をふりかえり、いくつか紹介します。
改訂版 お金は寝かせて増やしなさい
そろそろ自分の人生設計を考える時期かなと思い、投資に関する本をいくつか読みました。友人からは何度か NISA をやるべきだと勧められていたのですが、何もせずにお金が増えるというのは総じて怪しい話だと感じていたため、なかなか踏み出せずにいました。
まずは基礎的な知識から身につけようと思い、初心者向けに書かれた本書を読みました。株式投資というのは一種のギャンブルのようなイメージを持っていたのですが、これに当てはまるのは短期売買を繰り返すような投機的な取引(デイトレードなど)であり、長期的に資産を増やすための投資はむしろリスクを抑えた堅実な行動であることがわかりました。
インデックス投資を中心に、分散投資やドルコスト平均法などの基本的な考え方を学ぶことができ、なぜ長期投資が有効なのか原理から理解できたのでよかったです。
インデックス投資といえども、時期によっては損失が発生する年もあります。しかし長期的に見れば市場全体は成長し続けているため、時間を味方につけることでリスクを抑えつつ資産を増やすことができるのです。短期的な変動に一喜一憂せず、長期的な視点で物事を考えるというのは、投資に限らず重要な考え方ということをあらためて認識しました。
ウォール街のランダム・ウォーカー 第13版
投資のバイブルとして多くの書籍で紹介されていたため、こちらも読んでみました。結論としてはシンプルで「インデックス投資を買ってずっと持ち続ける」というものですが、その結論にいたるまでの理論的な背景や実証データが豊富に紹介されており、非常に説得力がありました。
なぜインデックス投資を長期的に保有することが有効なのか、アクティブ運用がなぜ長期的に市場平均を上回ることが難しいのか、行動ファイナンスの観点から人間の心理的なバイアスが投資判断にどのような影響を与えるのかなど、幅広いトピックが網羅されています。理論的な背景を理解しておけば、指標が下落して人々がパニックになるような状況に対して冷静に対処するために一助となるでしょう。
ファイナンス理論全史
投資について学ぶという行為は単に自分の資産を増やすためだけでなく、経済全体の仕組みを理解することにもつながります。正直にいうとニュースを見ても国債がどうとか、中央銀行が利上げをどうするとか、あまりピンと来ていなかったのですが、投資について学習するうえで知識が繋がった感覚がありました。
ファイナンス理論の発展の歴史を辿る解説書であり、ポートフォリオ理論からブラック・ショールズモデル、行動ファイナンスまで、金融理論がどのように発展してきたかを理解できます。単に理論を説明するだけでなく、なぜその理論が必要とされたのか、どのような問題を解決しようとしたのかという背景も丁寧に解説されており、ストーリーとしても読み応えがありました。
決済サービスとキャッシュレス社会の本質
普段は PayPay やクレジットカードで支払いを済ませることが多いのですが、決済サービスの仕組みについてはあまり深く考えたことがありませんでした。スマホをかざすだけで支払いが完了する魔法のような体験の裏側には、複雑な技術とビジネスモデルが存在していることをあらためて認識しました。
本書籍では決済サービスの仕組み、成り立ち、社会に与える影響を徹底的に解説しています。なぜ IC カードの決済は一瞬で完了するのにクレジットカードのタッチ決済は時間がかかるのかといった日常の疑問から、クレジットカードはなぜここまで決済手段として普及したのかといった歴史的背景まで、幅広くカバーされています。
特に日本とアメリカでクレジットカードとデビットカードの普及率が大きく異なる理由についての解説は興味深かったです。
パスキーのすべて
パスワードレス認証の仕組みであるパスキー(Passkey)の技術について詳しく解説された書籍です。パスキーの成り立ちや従来の認証技術と何が違うのかといった解説から始まり、実際にパスキーを実装するための具体的な手順まで、幅広くカバーされています。
本書籍の中で特に良かったと感じたのは、パスキーの登録・管理を設計するうえでいかに UX(ユーザー体験)を損なわないようにするか、という点に重点が置かれていたことです。人間というものは慣れた手段から変化することを嫌うため、従来のパスワード認証からなかなかパスキー認証に移行できないというのも事実です。
パスキーの登録を訴求する、オートフィルによる利便性を提供するといった工夫がアプリケーションのセキュリティを向上させるうえで重要であると言えるでしょう。
開発者だけでなくプロジェクトマネージャーやデザイナーにとっても参考になる内容が多く、チーム全体でパスキー導入を検討する際に役立つでしょう。
構想力が劇的に高まる アーキテクト思考 具体と抽象を行き来する問題発見・解決の新技法
思考の基本は「具体」と「抽象」の往復です。具体的な事象から抽象的な概念を導き出し、その結果他の応用につなげることができるということをわかりやすく学べます。また抽象度の高い思考というのはビジネス全体を俯瞰的に捉えたいわゆる「アーキテクト思考」にもつながるものだと考えられます。
抽象度の高いシンプルな基本構想を、白紙の状態から作り出すことができるという能力は、AI 時代により重要になるのではないでしょうか。なぜなら具体的なタスクの多くは AI がより効率的にこなせるようになる一方で、抽象的な思考力は人間にしかできないからです。
さらに全体の構想は抽象で行うものの、AI に実際に指示を与える際には具体的な情報に変換する必要があります。抽象度の高い概念を具体的なタスクに落とし込む能力もまた重要です。本書籍ではこのような思考法を身につけるためのフレームワークが紹介されており、実践的に学ぶことができます。
ところで具体と抽象といえば司馬遼太郎の「坂の上の雲」における秋山真之が思い出されます。彼の思考の核心には、「物事の具体的な事象から、いかにして抽象的な原理原則(本質)を抜き出すか」という哲学がありました。具体から抽象を抜き出し、再び具体に落とし込むという思考の往復運動は大学生の頃に読んだ本書籍の内容と通じるものがあり、非常に興味深く感じました。
ユニクロの仕組み化
ユニクロの経営理念について書かれている本です。リーダーの仕事は「仕組み化」であるということが伝えられています。属人的リーダーシップではなく、再現可能なシステムという視点で語られています。
仕組み化といってもマニュアルのように画一的に決められたルールを押し付けるのではなく、各店舗が独自の工夫を取り入れられるように柔軟性を持たせるというのが面白かったです。この地域にあった売り場づくりを任せることにより、スタッフ一人ひとりが主体的に考え工夫をするようになるのです。
売り場づくりをスタッフ個人が工夫する、という方針はドンキはみんなが好き勝手に働いたら2兆円企業になりましたでも近い事例が紹介されていて面白かったです。その一方でワークマン式「しない経営」ではデータに基づいた発注を推奨しているなど、各企業の方針の違いも発見できた点も興味深かったです。
運動の神話
人類の進化の観点から運動と健康の関係を解き明かした本です。人類は運動するために生まれたわけではなく、むしろ必要なとき以外は動かないように進化したというのが印象的でした。狩猟採集時代、エネルギーは貴重だったため、無駄な動きを避けることが生存に有利だったのです。
つまり、運動したくないと感じるのは決して怠惰なわけではなく、むしろ人類の本能に根ざした自然な反応なのです。狩猟採集時代の人間を現代に連れてきたら、トレッドミル上で走り続ける人間を奇妙な目で見ることでしょう。
とはいえ現代病のほとんどが運動不足に起因していることも事実です。この書籍では運動は楽しいものではないということを前提に、運動は具体的にどのような身体の変化をもたらすのか、どのような運動をするのがいいのか、運動をしたくない人が運動するにはどうすればいいのかといった点を理論的な根拠に基づいて解説しています。
あの国の本当の思惑を見抜く 地政学
地政学とは、地理的な要因が国家の政治や経済、軍事戦略に与える影響を分析する学問です。この本を手に取るまで地政学という言葉自体を知らなかったのですが、国際情勢を地理的な観点で見ることにより、各国の行動や政策の背後にある動機を理解する手助けになることがわかりました。
例えばロシアが軍事的な行動を取る背景には、単に政治的な野心だけでなく、地理的な要因が深く関与していることが理解できます。ロシアは広大な領土を持つ一方で、周囲に自然の防衛線が少なく、歴史的に侵略を受けやすい地理的条件にあります。このため、ロシアは安全保障を確保するために周辺国を支配下に置く必要があり、その結果、領土が必要以上に拡大しているのです。
またロシアの港は冬季に凍結するため、温暖な港を確保することも重要な戦略目標となっています。
一方でアメリカや日本のような島国は周囲を海に囲まれているため、地理的な防衛線が自然に形成されており、他国からの侵略リスクが比較的低いです。海洋国家に侵略することの難しさはノルマンディー上陸作戦などの歴史的な事例からも明らかです。このため、アメリカや日本は地政学的な観点から見れば、他国に対して攻撃的な行動を取る必要性が低いと言えるのです。
サイバースペースの地政学
こちらはサイバーセキュリティーの観点から地政学を解説した本です。本書ではサイバースペースの全体像ではなく、その一部分である物理的なインフラ、つまり海底ケーブルやデータセンターに焦点を当てています。
インターネットは地理にとらわれない自由な空間のように思われがちですが、実際には物理的なインフラに依存しています。海底ケーブルは国際的な通信の大部分を担っており、その敷設ルートや管理権は国家間の力関係に大きな影響を与えています。
海底ケーブルの敷設ルートは 19 世紀に往来が活発であった海の交易路と似ているという話も面白く、長崎は玄関口として重要な役割を果たしていたことがわかります。
データセンターがどのような地理的条件に基づいて設置されているのかという点も面白かったです。
多動脳:ADHDの真実
スマホ脳の著者であるアンデシュ・ハンセンによる ADHD に関する書籍です。ADHD の特性を進化の観点から捉え直し、その強みと向き合い方を科学的に解説しています。
集中が続かないという特性は狩猟採集時代のサバンナで生き抜くために有利だった可能性があります。常に周囲の環境に注意を払い、危険を察知する能力は生存に直結していたのです。
また ADHD は 0 か 1 で診断できるものではなく、誰もが特性を持っていてそのグラデーションの度合いが異なるだけであるというのです。
ADHD と聞くとネガティブなイメージを持つ人も多いですが、本書籍では ADHD の特性の強みを引き出す方法についても解説しています。自分の特性を理解し、適切な環境に身を置くということが重要です。また集中力を高めるための具体的な方法も紹介されており、特に運動の効果について詳しく解説されています。
センスの哲学
センスがいい、センスが悪いといった言葉はよく使われますが果たしてセンスとは何なのでしょうか。本書籍ではどうすれば磨けるのかを哲学的に考察し、創造性や審美眼についての新しい視点を提供しています。
センスをリズムとして捉えるという視点が印象的でした。この本をきっかけに芸術についても考えるようになり、例えばソフトウェアエンジニアリングの世界では何度実行しても同じ結果が得られる「純粋な関数」が重要視されますが、芸術の世界では 1 つの絵画からもたらされる感情や解釈は人それぞれ異なり、同じものは二度と存在しないという点で対照的です。
ある環境に身をおいているとそれ以外の考えを受け入れづらくなることはよくあります。センスを磨くためには、自分とは異なる視点や価値観に触れることも 1 つ重要なことなのではないかと考えるようになりました。
思考力改善ドリル
物事をそのまま鵜呑みにせずに、批判的に考える力というのは AI 時代においてますます重要になるでしょう。AI は大量の情報を素早く出力する能力に優れていますが、その情報が正しいかどうかを判断するのは人間の役割です。情報の真偽を見極め、なぜその選択をしたのか論理的に説明できる能力が求められます。
人間は直感的なシステムによってじっくりと考えずに誤った判断を下してしまうことがあるということを念頭に置いたうえで、思考ツールの使い方を学び練習問題で実践的にトレーニングできます。
科学と反証可能性というテーマも興味深かったです。科学的な理論は反証可能であるべきであり、反証可能性がない主張は科学的とは言えないという考え方です。例えば「全ての白鳥は白い」という主張は、黒い白鳥が発見されれば反証されるため、反証可能です。一方で「神は存在する」という主張は、神の存在を否定する具体的な証拠を提示することが難しいため、反証可能性が低いと言えます。
このような考え方は、情報の真偽を見極めるうえで重要な視点となります。自分自身も何らかの主張をする際には、反証可能性を考慮するように心がけたいと思いました。
考える技術・書く技術 新版
この本は文章を書く技術に関する古典的な名著です。情報を階層構造で整理する「ピラミッド構造」と呼ばれる考え方を提示し、物事を上手に論理立てて述べるテクニックを学ぶことができます。
導入部の構成というのは特に印象に残りました。文書の冒頭で読者との共通認識を形成し、問題を提起し、その後に具体的な解決策や提案を述べるという流れです。これは「状況→複雑化→疑問→答え」というフレームワークで説明されています。読者がなぜその文章を読む必要があるのかを理解できるようにするために、導入部でしっかりと関心を引きつけることが重要なのです。
また物語風に伝えるというテクニックも紹介されていました。物語は人間の脳にとって理解しやすい形式であり、情報を効果的に伝える手段となります。
習慣の力 新版
私たちの生活はすべて習慣の集まりにすぎません。私たちの行動の約 40%は習慣によって決定されていると言われています。習慣は無意識のうちに行われるため、意識的な努力を必要とせずに行動を継続できるという利点があるのです。運動や読書、健康的な食事など、良い習慣を身につけることができれば、人生の質を大きく向上させることができます。
物事を習慣化させるのは一見難しいように思えますが、本書籍では習慣を形成するための具体的なステップが紹介されています。習慣は「きっかけ」「ルーティン」「報酬」の 3 つの要素から成り立っており、これらをうまく組み合わせることで新しい習慣を形成できます。習慣化の具体例として歯磨きをアメリカ国民に習慣化させるためのキャンペーンが紹介されており、非常に興味深かったです。
20 世紀初頭のアメリカでは、歯磨きは一般的な習慣ではなく、虫歯が国民的な健康問題となっていました。そこで広告代理店によるキャンペーンが展開され、歯磨きを日常生活の一部として定着させることに成功しました。
このキャンペーンでは「きっかけ」として「舌で歯の表面を触ると膜を感じませんか?」というメッセージが使われました。膜がある事自体は問題ではないものの、不快な感覚を与えることで歯磨きをする必要性を認識させる効果がありました。
「報酬」としては歯磨き後の爽快感があげられます。従来までの歯磨き粉は味がなく歯磨きという行為自体に楽しさがなかったのですが、ミント味の歯磨き粉を導入することで爽快感というポジティブな報酬を提供しました。もちろん歯磨き自体が口腔衛生を改善し長期的な健康に寄与するという「報酬」も存在したのですが、人間は報酬がすぐに得られない場合その行動を継続する動機付けが低下してしまいます。したがって即時的な報酬を提供することが習慣形成において重要だったのです。
このように習慣化は一種のテクニックであり、適切に設計することで誰でも身につけることができるのです。私自身もブログを毎週書くという習慣を持っています。
習慣化された行動は「意思決定」という認知的な負荷を軽減し、より重要なタスクに集中するためのリソースを解放してくれます。思ったよりも習慣というのは侮れない力を持っているのです。
文系と理系はなぜ分かれたのか
文系と理系が分かれているのが当たり前の環境で生まれ育ったので今まで意識せずに受け入れてきたのですが、なぜこのような分断が存在するのか問われると答えに詰まるところです。この書籍ではそもそも文系と理系というカテゴリーがいつどのようにして生まれたのか、西欧における近代諸学問の成立や、日本の近代化の過程にまで遡って確かめるところから始まります。
科学史の入門という側面もあり興味深かったです。日本において文系・理系の区別が特に強いのは明治時代の近代化政策に起因していることがわかりました。西欧の技術を導入し国家の近代化を推進するために、理系の学問が重視されるようになったのです。工学部を他学部と同列に扱ったのは日本が最初というのは初めて知って驚きました。
身近な薬物のはなし
なぜ人々は「アルコール」「タバコ」「カフェイン」などの薬物を日常的に使用するのかという観点について歴史的な背景や社会的な影響を交えて解説しています。薬物の合法・違法の区別というのは医学的な基準ではなく、社会的・政治的な要因によって決定されているということが明かされています。
アルコールやタバコといった薬物は健康被害や依存性の面で違法薬物以上に深刻な問題を引き起こす可能性があると指摘されています。一方で、薬物は歴史的に人間の共同体形成や知的能力の向上を支えてきた側面もあると分析しています。
重要なのは薬物そのものの善悪ではなく、薬物の使い方の問題であるという視点です。例えば現代では風邪薬は適切に使用すれば健康を促進しますが、オーバードーズと呼ばれる過剰摂取も問題となっています。薬物依存に至った背景や個人の孤立など、社会的な要因も考慮する必要があるのです。
ロンドンのコーヒーハウスがヨーロッパの知識人の交流の場として重要な役割を果たしたという点が面白かったです。コーヒーハウスができる以前は、アルコールを提供するパブが社交の場として一般的でした。しかし、アルコールは酩酊状態を引き起こし、理性的な議論を妨げる可能性がありました。
コーヒーハウスの登場により、人々は覚醒効果のあるコーヒーを飲みながら、冷静で建設的な議論ができるようになったのです。このように、薬物の選択は社会的なニーズや文化的な価値観に深く結びついていることがわかります。
ソフトウェア設計の結合バランス
「結合」とは、モジュール設計における基本概念の 1 つで、モジュール間の相互作用や依存関係の強さを表します。この結合に焦点を当ててソフトウェア設計について論じているのが本書籍の特徴です。
モジュール結合やコナーセンスといった歴史的な結合モデルを踏まえた上で、強度・距離・変動性という結合を測る 3 つの次元を学びます。
ソフトウェア結合に距離という概念を導入した点が興味深かったです。例えばあるロジックがオブジェクト間に重複していれば距離が近いといえますし、マイクロサービス間のやりとりは距離が遠いといえます。
一緒に変更しなければならないコンポーネント間の距離が離れるほど、共有された変更を実装するために必要な労力は大きくなります。マイクロサービスの開発チームが異なるのであれば、変更を適用するためのコミュニケーションコストも増加します。設計を決定する際には、コンポーネント間の距離も考慮に入れる必要があるのです。
LLMのプロンプトエンジニアリング
GitHub Copilot の開発者が執筆した、LLM アプリケーション開発のための実践的なプロンプトエンジニアリング解説書です。単なる小手先のテクニックの紹介ではなく、LLM の基礎的な仕組みや動作原理を理解したうえで、効果的なプロンプト設計方法を学ぶことができます。これから LLM を活用したアプリケーション開発に取り組むエンジニアにとって、必読の一冊と言えるでしょう。
最近はコンテキストを設計・最適化する技術や手法である「コンテキストエンジニアリング」という概念が登場したことにより「プロンプトエンジニアリング」が時代遅れのものとして扱われることもありますが、これは必ずしも正しくありません。「プロンプトエンジニアリング」は「コンテキストエンジニアリング」の一部であり、LLM に対して適切な指示を与える重要な技術であることは変わりありません。
過去には LLM にコンテキストを与える方法が単に「プロンプト」に限定されていたため「プロンプトエンジニアリング」という言葉が使われていましたが、現在では LLM に与えるコンテキストの種類や方法が多様化したため、「コンテキストエンジニアリング」というより包括的な用語が登場したに過ぎないのです。
プロンプトはドキュメントに近い形式であるべきである「赤ずきんの原則」や最も重要な指示をプロンプトの先頭と末尾に配置する「サンドイッチ手法」など、実践的なテクニックが名前をつけられて紹介されており、すぐに実践で活用できる内容となっています。また、プロンプトの評価方法や改善手法についても詳しく解説されており、LLM アプリケーションの品質向上に役立つ知見が得られます。
AIエンジニアリング
本書内で AI エンジニアリングは「基盤モデルを使ってアプリケーションを構築するプロセス」と定義されています。この書籍では AI アプリケーションを設計・構築・運用するための体系的なアプローチを学ぶことができます。
書籍全体のテーマとして扱われているのが「評価」です。評価とは文字通り AI アプリケーションの振る舞いが良いものかどうかを判断するプロセスで AI アプリケーションの品質を保証するために不可欠な要素です。AI アプリケーションは従来のソフトウェアと異なり、同じ入力に対しても異なる出力を生成する可能性があるため、評価プロセスを通じて期待される振る舞いを満たしているかどうかを継続的に確認する必要があります。
しかし、何が「良い」振る舞いなのかを定義すること自体が難しい場合も多く、評価自体の難しさも AI アプリケーションを構築する上での課題となっています。
AI アプリケーションにおいて評価がいかに重要かが説明されており、本書の後半では実際にどのように評価を設計・実装するかについて紹介されています。特に評価の重要性に述べられている以下の一節は印象的でした。
評価が難しいゆえに、多くの人は伝聞(例:誰かが「モデル X は良い」と言っていた)や、結果を目視で確認するといった安易な方法に頼りがちです。これはさらなるリスクを孕み、アプリケーションの改善サイクルを遅らせる原因となります。結果の信頼性を高めるためには、体系的な評価に注力する必要があります。
きみに冷笑は似合わない
冷笑とは相手や物事を見下したり、軽蔑したりする気持ちを込めた冷たい笑いのことです。なにかと斜に構えて物事を批判的に見る態度は、一見すると知的でクールに見えますし、自分自身が傷つく危険はありません。
しかし、そのような態度を取り続けていたとしても自分自身が本当に望むものを手に入れることはできないのです。これからの AI 時代、成長を止めてしまえばあっという間に取り残されてしまいます。
本書籍では AI 時代にどのように生きていくのか、SNS の荒波をどのように乗り越えるかについて語られています。「冷笑」とは対照的な「情熱」にうったえてくる文体となっていて読み応えある一冊です。
花は咲く、修羅の如く
放送部という部活動を舞台にした青春漫画です。人口 600 人の小さな島に住む花奈は、島の子供たちに向けて朗読会を行うほど朗読が好きでした。花奈の"読み"に人を惹きつける力を感じた瑞希は、自身が部長を務める放送部へ誘います。
小さな島で育った花奈にとって普段の学校生活も未経験の連続で戸惑うことばかりでしたが、たくさんの"初めて"を放送部の仲間たちと共にし大好きな朗読を深めていきます。
N コン(NHK 杯全国高校放送コンテスト)の朗読部門を目指すストーリーが軸となっており、放送部の仲間たちと共に成長していく姿が描かれていくのですが、青春の良い部分だけではなく人間関係の葛藤や競争や比較といった現実的な側面も描かれている点が魅力です。そもそも放送部というものがどういう活動をしているのか知らなかったのですが、想像以上に朗読やアナウンスというものに競技性があり、技術的な側面が求められているという新しい発見もありました。
サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと
主人公であるモニカ・エヴァレットは無詠唱魔術を使える世界唯一の魔術師で沈黙の魔術師と呼ばれています。しかしその正体は気弱で臆病な引きこもりであり、他人と関わることを極端に避けていました。無詠唱魔術は人前で喋らなくて良いようにするために身に着けた技術だったのです。
そんなモニカが第二王子を護衛する極秘任務を押しつけられ学園に潜入するところから物語が始まります。
この作品の主題はモニカの成長物語と言えるでしょう。学園での生活を通じて他人と関わりを持つことの喜びや困難さを学んでいきます。他人を記号としてしか捉えていなかったモニカが他者への感情を元に行動するようになったり、また彼女と関わった人々もモニカから影響を受けて変化していく様子が丁寧に描かれています。一人ひとりのキャラにストーリーがあり、読み進めるほど深堀りされていく点もこの作品の魅力の 1 つです。
わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)
陰キャの主人公・甘織れな子が高校デビューして陽キャグループに入るものの疲弊し、屋上で悩んでいたところを王塚真唯に助けられ「友達」になるが、真唯から突然告白され「親友」か「恋人」かの関係を賭けた勝負が始まる、というガールズラブコメディです。
いわゆる「百合」ジャンルの作品なのですが、主人公れな子の過去のトラウマや自己肯定感の低さからくる葛藤が描かれており、陰キャのリアルな描写が読者の共感を呼び込むストーリーともなっています。
そのうえでれな子が人との関係を通じて克服したり折り合いをつけて成長していく様子が作品の魅力と言えるでしょう。
地の文が基本的にれな子の心の声になっており、いわゆる「ネットミーム」的な表現が多用された軽快な文章となっており、テンポよく読み進めることができました。
文章を読んでいるとクスッと笑ってしまうような展開が多く、コミカルな表現とシリアスなテーマが絶妙に融合しており、読者を飽きさせない工夫が随所に見られます。
同志少女よ、敵を撃て
第二次世界大戦の独ソ戦を舞台に女性狙撃兵として戦うソ連の少女たちを描く、戦争の残酷さと女性の生き様を描いた歴史小説です。
戦争という特殊な環境下において主人公であるセラフィマの心がどのように変化していくのかが鮮明に描かれており、人間というものは自らが置かれた環境によって大きく影響を受ける存在であることをあらためて認識しました。
現代社会に生きる私が持つ価値観というのも、実は私が育った環境や時代背景によって形成されたものであるということを否定できません。
ストーリーとしての伏線の回収も巧みで、ページを捲る手が止まらなくなるほど引き込まれました。特にタイトルを回収するシーンは非常に印象的で、物語全体のテーマを象徴しているように感じました。

























