読んだ本は忘れていい ― 年間300冊読む私の読書術
以前 YAPC::Fukuoka 2025 で発表した探求の技術では「良いアウトプットを出すためには良いインプットが必要」であるという主張を裏付けるために、私が年間 300 冊の本を読む読書習慣があることを紹介しました。この記事では私がどのような目的で本を読み、どのように本を選び、どのように読書時間を確保し、そして読んだ内容をどのように扱っているのかについて紹介します。
以前 YAPC::Fukuoka 2025 で発表した探求の技術では「良いアウトプットを出すためには良いインプットが必要」であるという主張を裏付けるために、私が年間 300 冊の本を読む読書習慣があることを紹介しました。YAPC の後の懇親会で発表についての感想や質問をいただく中で、「どうやってそんなに本を読むのか?」という質問もいただきました。自分自身読書は趣味の 1 つでもあり、習慣化しているため特に意識したことはなかったのですが、改めて「自分はどうやって本を読んでいるのか?」を言語化して再認識する良い機会になりました。
この記事では私がどのような目的で本を読み、どのように本を選び、どのように読書時間を確保し、そして読んだ内容をどのように扱っているのかについて紹介します。
なぜ本を読むのか
そもそも、なぜ本を読むのでしょうか?現代は情報が溢れている時代です。インターネットで検索すれば必要な情報はすぐに手に入りますし(しかも無料で!)、AI との対話でも多くの情報を得られます。それでも私は本を読むことを選びます。その理由はいくつかあります。
- 深く理解し、批判的思考を養うため
- 読書自体の楽しみ
- 信頼性の確保
深く理解し、批判的思考を養うため
本は 1 つのテーマについて体系的にまとめられていることが多く、深い理解を得るのに適しています。著者が時間をかけて調査・分析し、構成を考え、文章を書いているため、情報が整理されており、理解しやすいことでしょう。
一方、インターネットの情報は断片的で浅いことが多く、全体像を把握するのが難しい場合があります。その場限りで必要な情報を得るには便利ですが、深い理解を得るにはあまり適していません。
また、本を読むことで、著者の視点や意図を考え、自分の考えを形成する力が養われます。著者の主張に対して賛成・反対の立場を取ることで、批判的思考が促進されます。
読書自体の楽しみ
朝に公園のベンチに座りながら温かいコーヒーを飲みつつ本を読む時間は、私にとって至福のひとときです。読書を始めれば、日常の喧騒から離れ、物語の世界や新しい知識に没頭できます。思うに、読書の楽しみは小説の主人公の人生を追体験したり、自らの知識欲を満たす喜びにあるのでしょう。
また読書をすることはストレス軽減にも効果的であることが調査で示されています。2009 年のサセックス大学のある調査では、わずか 6 分間の読書で心拍数の低下と筋肉の弛緩が見られ、ストレスレベルが最大 68% 軽減したと報告されています。読書は日頃の情報過多な社会のストレスから解放され、リラックスする手段としても有効でしょう。
信頼性の確保
私が本を選ぶことの理由の中で最も重要視しているのは、情報の信頼性です。本は編集や校正のプロセスを経て出版されるため、情報の信頼性が高いことが多いです。誤った情報は出版社の評判に影響するため、慎重に扱われます。例えば岩波書店という出版社は、学術書や専門書の分野で高い評価を受けており、それだけ重い看板を背負っているのです。
一方、インターネット上の情報は誰でも発信できるため、信頼性が低い場合があります。特に人間の心理的な特性から、SNS 上ではデマ情報や偏った情報が拡散されやすい傾向があります。感情を刺激しやすい情報はそれだけ人々の注意を引きやすく、アルゴリズムによって優先的に表示されることが多いのです。
すべての本が正確で信頼できることを主張しているわけではないことに注意してください。信頼性が高い情報が含まれる割合の高さという観点で本とインターネット情報を比較しています。本の中にも誤った情報や偏った情報が含まれることがあります。すべてを鵜呑みにせずに批判的思考を持って情報を評価することが重要です。
本を読む環境を整える
この章で私が伝える内容は「スマホを捨てろ」以上です。スマホには多くの誘惑があります。SNS、メール、通知、ゲームなど、スマホは注意を引く要素が満載です。
特に SNS は短時間で多くの情報を消費するように設計されており、集中力を削ぐ最大の要因です。スワイプするたびに「良い情報が得られるかも」という期待感がドーパミンを分泌させます。これはガチャと同じ仕組みです。
スマホが手元にあるだけで、集中力が落ちてしまったという研究結果もあります。ですから読書をする際には、(いえ読書するかどうかに限らず)スマホを家において公園やカフェに出かけることをお勧めします。意図的にスマホから離れる時間を 1 日の中で確保するのです。
私が読書する時間を確保するために行っているもう 1 つの方法は、隙間時間を活用することです。電車やバスの時間、待ち時間、昼休みなど、無意識にスマホを触ってしまう時間を読書に充てるのです。私の場合は電車の中は特に集中できる時間なので、必ず本を持ち歩いています。物理的な本を持ち歩くのが難しい場合は、電子書籍を活用するのも良いでしょう。
また読書を習慣化することも重要です。書籍「習慣の力」では、私たちの行動の約 40% は習慣によって決定されていると述べられています。習慣化することで行動が自動化され、意志力を使わずに継続できるのです。毎日同じ時間に読む、寝る前に読むなど、ルーチンを作ることをお勧めします。私は朝起きてランニングを終えた後に 30 分間読書をすることを習慣にしています。
本の選び方
次に読む本はどのように選べばいいのでしょうか?1 つの方法は、まとめ買いで多角的に学ぶことです。
興味がある分野があれば、その分野の本を 3〜5 冊まとめて買います。この時点では誰がこの分野で権威を持っているのか、どの本の評判が良いのかはわからないはずです。とりあえず検索で上位に出てきた本や、本屋で目についた本を買いましょう。
複数の本を読むメリットは 2 つあります。
- 著者ごとに異なる視点やアプローチを知ることができる
- 同じ内容が繰り返し出てくれば、その内容は重要である可能性が高いとわかる
本には必ず参考文献のリストがあるので、そこから芋づる式に次の本を見つけることもできます。複数の本で引用されている参考文献は特に重要な情報源である可能性が高いでしょう。この流れを繰り返すだけで、自然とその分野の主要な文献を網羅できます。
また Amazon などは最近読んだ本を元におすすめを出してくれるので、それも参考にすると良いでしょう。しかし推薦本ばかり読んでいると、偏った視点に陥る可能性があるので注意が必要です。同じ考えの本ばかり読むのは心地よいですが、視野が狭くなる(確証バイアスや多様性の欠如)危険性があります。本屋に行ってランダムに本を選ぶのも良い方法です。偶然の出会いがあり、自分の興味の幅を広げることができるでしょう。
哲学・歴史・科学・技術・ビジネス・自己啓発など、幅広い分野の本を読むこともお勧めします。異なる分野の知識が交差することで、新しいアイデアや視点が生まれることがあるのです。私自身はソフトウェアエンジニアであり、技術書を読む割合が多いですが、エンジニアリング関係の本ばかり読んでいると思考が凝り固まるような感覚があります。
例えばエンジニアリングの世界では同じ引数を渡せば同じ結果が得られる「純粋な関数」が理想とされています。つまり入力が同じであれば常に同じ出力が得られることです。しかし芸術の世界ではどうでしょうか?同じ絵画を見ても、人によって感じ方や解釈が異なることが多いでしょう。同じ入力(絵画)を人間に渡しても、出力(感じ方や解釈)は人によって異なるのです。これは純粋な関数が理想とされているエンジニアリングの世界に浸かってばかりいると気づかない視点です。異なる分野の本を読むことで、このような新しい視点を得ることができます。
サンクコストを気にしない
読書において重要な考え方の 1 つは、サンクコスト(埋没費用)を気にしないことです。サンクコストとは、すでに支払ってしまった費用や時間のことであり、これからの意思決定には影響を与えるべきではないとされています。
例えば、本を読み始めてから「この本は自分に合わない」「内容が期待外れだ」と感じたにもかかわらず、最後のページまで読まなければという義務感から読み続けることがあります。しかしこれはサンクコストの罠に陥っている例です。すでに費やした時間や本を買うために費やしたお金を無駄にしたくないという心理が働いているのです。
本を読む目的は知識や楽しみを得ることであり、義務を果たすことではありません。ですから、自分に合わない本や興味が持てない本は、無理に読み続ける必要はありません。時間は有限であり、他にも多くの本があります。自分にとって価値のある本に時間を使うことが重要です。
本を読むのを途中でやめることを前提とすれば、より多くの本に手を出しやすくなります。本を選ぶときに最も悩むポイントは「この本が自分に合うかどうか?」ではないでしょうか?1 つ答えとして言えるのは、本を読む前に完璧にその本が自分に合うかどうか判断するのは不可能だということです。ですから、ある程度の数の本を手に取ってみて、合わなければ途中でやめて次の本に進むというアプローチが合理的です。
読書した内容は忘れる
「読書した内容をどうしたら覚えられるのか?」という話題はよく議論されますが、私はあまり気にしていません。書籍「忘れる読書」では、「読んだ内容は覚えていようと思ったことはなく、むしろ忘れるために本を読んでいます。」と述べられています(この書籍の内容は忘れました!)。
読書の目的は「知識を得ること」ではなく「頭の中にフックが残った状態にすること」です。フックが残った状態は頭の中にインデックスを作ると表現されることもあります。フックが残っていれば、必要なときに再度調べて知識を得ることができるのです。
読書した内容は忘れてしまっても、頭の中では知識や考えが頭の片隅に収納されています。この状態になっていると、突然今までの知識がつながる稲妻のような瞬間が訪れます。
賛否両論あるかもしれませんが、私は基本的には本のメモは取りません。自分の言葉でメモを取りつつ考えをまとめながら本を読むことが、確かに理解を深める助けになることに異論はありません。実際に私自身のじっくりと腰を据えて学びたい技術分野がある場合は、写経(コードを手で書き写すこと)しながら読むこともあります。
私が本のメモを取らない理由は主に 2 つあります。1 つ目は読書を楽しむことを優先したいからです。読書は趣味も兼ねているため、義務を感じる行いとしたくないのです。メモを取らなければいけないと思うと、読書が義務的な行為になってしまい、楽しみが減ってしまいます。2 つ目はメモを取ること自体が読書の妨げになるからです。例えば電車の中などでメモが取りづらいことを理由に読書を中断したくないのです。読書は片手さえ空いていればできる手軽な行為であり、その利便性を損ないたくありません。
本ばかり読むな
最後に 1 つだけ注意点を挙げておきます。人生の短い時間を本ばかり読んで過ごすのではなく、豊かな体験を得るために使ってください。本の選び方の章ではエンジニアリングと芸術の比較を例に、幅広い分野の本を読むことをお勧めしましたが、これはある種の引っ掛け問題です。手段を本を読むことに限定すれば良い回答例ですが、実際に美術館に足を運んで絵画を鑑賞したり、コンサートに行って生の音楽を聴いたりすることの方が、より豊かで新鮮な体験になるでしょう。
家族や友人と過ごす時間、自然の中での散歩や旅行、スポーツや趣味に没頭する時間など、本以外にも人生を豊かにする方法はたくさんあります。本を読むことは知識を得るための 1 つの手段に過ぎません。どうか読書という手段に囚われすぎず、人生の多様な体験を楽しんでください。
まとめ
本を読むのは深い理解を得るため、そして純粋に楽しいからです。本を読む環境を整え、スマホから離れ、隙間時間を活用し、習慣化することで読書時間を確保しましょう。本の選び方としては、まとめ買いで多角的に学び、幅広い分野の本を読むことをお勧めします。サンクコストを気にせず、自分に合わない本は途中でやめる勇気も必要です。読書した内容は忘れても構いません。重要なのは頭の中にフックが残ることなのです。最後に本ばかり読むのではなく、人生の多様な体験を楽しんでください。
